【百周年特別企画】協会員が選ぶ「想い出の一番」≪第4回:令和時代≫

日本相撲協会、財団設立百周年を迎えるにあたり、この度、【百周年特別企画】として協会員から「想い出の一番」を募集しました。
「相撲を好きになるきっかけとなった想い出の一番」や、「後世に残したい取組」など、昭和初期から近年のものまで、数ある名勝負の中から、これぞという“大一番”を紹介してもらっています。
取組の映像を、協会員のコメントとあわせて、是非ご覧ください。協会員は役職のみ記載しています。誰のコメントなのか、想像しながら読み進めていただけるとなお味わい深くお楽しみいただけます。
最終回となる第4回目は、≪令和時代≫の名取組を四番お届けします。
令和2年一月場所 千秋楽
貴景勝 ●寄り切り○ 徳勝龍
選出者:行司
選出コメント:「貴景勝を下して幕尻優勝を決めた一番をあげます。まさに無差別級で下剋上の一番と言う相撲です」
令和2年(2020年)初場所は、白鵬、鶴竜の二横綱が序盤で休場となり、十三日目まで1敗を守って優勝争いをしていた前頭四枚目の正代と十七枚目の徳勝龍が十四日目に直接対決。徳勝龍が勝ち、返り入幕、西の幕尻ながら千秋楽結びの一番で大関貴景勝と対戦し、見事寄り切って初優勝を決めました。勝った瞬間、感情が溢れ、男泣きを見せた徳勝龍。奈良県出身の力士が優勝したのは98年ぶりのことで、翌月には奈良の三条通りで優勝祝賀パレードが行われ、徳勝龍は笑顔でファンの声援に応えました。
令和4年三月場所 優勝決定戦
若隆景 ○上手出し投げ● 髙安
選出者:行司
選出コメント:「荒汐部屋初の幕内優勝が決まった一番」
令和4年(2022年)、大阪で行われた三月場所は、新型コロナウイルスの流行により無観客での開催が続いていた中、久しぶりにお客さんの前で興行ができた場所でした。千秋楽の取組を終えて若隆景と髙安が12勝3敗で並び、優勝の行方は決定戦にもつれこみます。十一日目に行われた直接対決では若隆景に軍配が上がっていましたが、決定戦でも、土俵際追い込まれながら上手出し投げで若隆景が勝利。祖父・元若葉山の最高位である小結を超えて新関脇として臨んだこの場所、2011年3月11日の東日本大震災からちょうど11年目という月に、福島出身力士として50年ぶり、新関脇として86年ぶり、そして荒汐部屋初となる優勝を収めました。
令和4年九月場所 千秋楽
玉鷲 ○押し出し● 髙安
選出者:呼出
選出コメント:「勝てば決定戦に持ち込める髙安関を相手に、叩いたりせず押し出した玉鷲関の相撲が本当によかったです。
取組後の支度部屋での握手も感動しました」
十四日目が終わった時点で2敗の東前頭三枚目の玉鷲と、3敗の西前頭四枚目の髙安。優勝に向け千秋楽は二人の直接対決が組まれ、玉鷲が押し出して勝利し、21場所ぶり2度目、37歳10ヶ月の年六場所制での最年長優勝を収めました。相手の反撃を許さない速い攻めの中に、迫力ある突き押し、強烈なのど輪がさく裂。豊富な相撲経験と技術、強い精神力がこもったまさに“玉鷲の相撲”でした。この場所は1横綱3大関を倒して、殊勲賞も受賞しています。あの優勝から3年が経ち、41歳になった“鉄人”は、いまも相撲ファンを魅了し続けています。
令和6年九月場所千秋楽
琴櫻 ●押し出し○ 豊昇龍
選出者:行司
選出コメント:「三十八代木村庄之助最後の一番。数年間1人立行司として結びの一番を務めた。最後の一番の日は木村庄之助の誕生日だった」
令和6年(2024年)九月場所千秋楽が行われた9月22日は、38代木村庄之助の誕生日、ちょうど65歳の定年日でした。当時関脇だった大の里が圧倒的な強さで優勝を収めたこの場所、庄之助は、50年にわたる行司人生の締めくくりとして、千秋楽結びの一番で東大関琴櫻と西大関豊昇龍の対戦を裁きました。「力士の気持ちの中に入り込んで相撲の流れを見ることを大事にしてきた」という立行司は、力士よりもずっと長く土俵に立ち続け、相撲の歴史を紡いできました。38代の想いは、次の世代の相撲界に引き継がれていきます。
38代木村庄之助 定年記者会見映像はこちら。
【百周年特別企画】協会員が選ぶ「想い出の一番」
≪第1回:昭和時代~その1~≫
≪第2回:昭和時代~その2~≫
≪第3回:平成時代≫